学而不思則罔、思而不学則殆。

高校国語科教員が何か書きます。

「LAFT2023 軽井沢風越学園の澤田英輔さんをお呼びして」

東京は仙川にある桐朋小学校に勉強会に行ってきました。

風越学園の澤田先生を講師にお招きしての勉強会。

リーディング・ワークショップ、ライティング・ワークショップについて、考え方からお話をお聞きしました。

今日の勉強会を経て、じゃ現場に戻って実践するかと言われると、きっと難しいんだろうなぁという感覚です。

でも、国語の教科の枠組みで生徒の学びの選択肢を広げられるのはこの実践だろうなぁとも思います。

澤田先生は「一斉授業→リーディング→ライティング」のサイクルがしっくりきていたとおっしゃっていました。

現場でも、「教科書教材を使った学び→リーディング」の流れをとりあえずやってみたい。

教科書を全く使わないとなると、いろいろと軋轢が生じそうなので、いかに教科書部分を短縮できるかと言うところでしょうか。

 

澤田先生はことあるごとに自分のパーソナリティが授業に大きく影響しているとおっしゃっていました。

これは本当にそうだなと感じます。

自分が何を目指しているのか、その実践の目的は何なのかも、もちろん大切なのですが、そこには自分とは何なのかという根幹がある。

やはり、自分を見つめて、自分の感覚を自覚するって大切なんだなぁ。

それがきっと、自分の振る舞いの自然・不自然になってくるんだろうなぁ。

 

ナンシー・アトウェルは実践を通して自立した読み手、書き手を育てたい、と本の中で言っている。

澤田先生もこれにシンパシーを感じているとおっしゃっていた。

僕はどちらかと言うと、それぞれに読む力・書く力を育てる考え方というよりも、読むこと・書くことを通してコミュニティーを作ることを目的とした考え方になってきているのかも。

そもそも「自立って、人の力を借りられることだよね」っていう考え方も相まって。

読むこと・書くことを自己目的とすることが苦しい子もいるだろうし。

書くことが苦手な子に対しては、澤田先生は懐広く接していらした。

あったかいし、素敵だなぁと思う。

僕は高校の国語科という枠組みだから、僕の授業ではどうしても苦しい子もいる。

そう言う子も含めて、どう苦しくない空間にしていくかが課題。

とかく押し付けようとすると、相手もこちらも苦しくなる。

 

澤田先生は「憧れのパワーは強い」とおっしゃていました。

今日は参加して本当に良かった。

いろいろな人に会って、話して元気をもらいました。

人間って不思議。