学而不思則罔、思而不学則殆。

高校国語科教員が何か書きます。

かもしれない

 僕はなぜ学ぶのか。それは、今の自分に十分満足していないから。不十分さを感じているから。今の自分ではない、違う自分になりたいから。では、どんな自分になりたいのか。こう問われると難しい。

 あるいは、自分がこの世界に存在している意味を知りたいのかもしれない。自分が生きる意味。教員である意味。死ぬときに、「ああ、自分が生きた意味はちゃんとあった。」と思いたいのかもしれない。

 自分が存在していることの意味。それは、他者に影響を与えられることかもしれない。そんな人になりたいのかもしれない。結構傲慢か?